CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< November 2011 >>
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
It's me!

Blog Parts
テレビ番組表 テレビなう

あわせて読みたいブログパーツ

おかいもの

Banner
にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへ
にほんブログ村 演劇ブログ フラダンスへ
LINKS
PROFILE
OTHERS
SPONSORED LINKS
MOBILE
qrcode

女子の死にざま Ver.2

girls' end story ver.2
踊り尽くめの3連休
こないだの3連休はダンスのるつぼ状態だったのですよ。
9日(土)は午前中フラレッスン、午後が仕事でDVD収録。
10日(日)は大学生の妹が咲いたまつりにエイサー出演で観に行って。
11日(月)が、とうとうやってきたハラウ10周年記念ホイケ。
お前どんだけ頭の中踊り狂っとんねん。しかも多国籍に。

まあ9日はともかく、10日と11日の写真とかちょろちょろ。

まずはエイサー。
妹は(多分)大学2年になるんですが、沖縄のエイサーサークルに入っています。
どうやらエイサーグループって日本でも数が少ないらしく、最近では上海万博の出演依頼もあったとか(結局、旅費を出してもらえないらしくて、映像のみの出演になったらしい)。
そんな感じで、関東近郊でエイサーやるよっつったら、実はこいつららしいよ。
私は妹のエイサーをはじめて観に行ったのね。
今までは自分のフラの発表会とかと毎回かぶってて、全然観に行けなかったの。
だから咲いたまつりとかいって人生ではじめてさいたまスーパーアリーナ行ったの。

スタンバイのとき、黄色い着物女子の中から妹を見つけて声をかけると、妹に開口一番「変な格好だね」と言われました。
このとき私はダボッとした膝丈のエスニックスモックにベージュのチュリダールパンツでリュックという、完全にインドのホームレス寸前のバックパッカーみたいなことになっていて、妹だけでなく大学生男子にまで「なんか後ろひきずってますよ」と言われる始末。別にひきずってないし。
でも私は反省したよ。
私は完全に、「久しぶりのオフだし、知らない町に思いっきり好きな格好してぶらぶらしに行こう!」ってつもりで、そんな格好をしていったわけだが、妹にしてみればこれは授業参観みたいなもんなんだ。
そりゃ綺麗なお姉ちゃんに来てほしいに決まっているのである。
かつては妹の運動会に行ったら妹のクラスメイトから何を間違えたか、「仲間由紀恵に似てる」とまで言われたことがあるというのに、8年もたてばホームレスにだってなるんですよ。実際2ヶ月前まで無職だし。
まあそんな感じで祭りの屋台で買ったビール片手に徘徊して、出店めぐりしてひたすら飲む食う飲む食うしていたら、エイサー2回目の公演の時間を完全にとばしてしまいました。

あの、さいたま新都心のあたりって、私が育った新浦安とか海浜幕張とかあの辺りの雰囲気に似てる。
すごく懐かしい。完璧な計算で作られた銀色の街。
将来、この辺りに住むのもいいなとか思ったりした。


ほんでフラのホイケ(発表会)。
ときどきTwitterで発狂してたんですが、今回のホイケというのがこのハラウ(教室)創立10周年記念らしくて、先生たちの力の入り方が今までのと桁違いなんですな。
そんなことも知らずあくまでカルチャーセンターにフラを習いにいっている私は、いつものイベントに出るような感覚で出ることを決めたのだが、それから半年以上にかけて、怒濤の勢いで新曲を覚え、臨時レッスンや新衣装・レイ・髪飾りなどに、一人暮らしでこの2年間に2回も無職になってる非正規雇用者が趣味で費やすなんてどうかしているような金がどんどん飛んでいき、「もう生活が破綻する、辞めるべきなんじゃないか」ってことをずっと悩みながら、やっとの思いで迎えたホイケなのでした。

まず、当日配られたお弁当。

女子向けでちょこちょこいろんなものが食べられるかんじが、気を遣ってくれてる内容でうれしいのですが、食べながら「これが参加費のうちのどれくらいなんだろう」とか思ってしまうわけですね。アロハもマハロもへったくれもない。

でも実際踊ることや、踊りを見ること、ハワイアン音楽を聴くことはやっぱり大好きだし、私はフラによって生かされていると言っても過言ではないので、ホイケが始まるともうそれは夢の中にいるみたいで、非常に甘いひとときなのです。
ステージの緊張感も楽屋裏のドタバタも、こういうライブの現場ってのが好きだ。
特に今回は、その10周年ということでステージが始まる前に、先生が長年をともにしてきた生徒たち(都内や近郊のカルチャーセンター・スポーツジムなどに派遣されているインストラクターが多い)の一人一人にメッセージと記念のレイをプレゼントしていて、中には本番前だというのに号泣してしまう人もいた。
でもなんかわかる。先生にレイとかパウとかそういうものをプレゼントされるのって、ハワイだと特別なことなんだよね。

で、本番が始まるのだが、あいにく本番の写真は1枚もないです。
自分は撮るひまが全くないし、多分観客も撮影禁止だったのかな。
今回のホイケではじめてハラウのカネ(男性)のフラを見たんだけど、なんかかわいかったなー。
自分の親みたいな歳の親父たちが、「俺はこの島で一番モテるんだぜ」みたいな内容のフラを踊るんだけど。
背が低い中年太りのおっちゃんでも踊るのうまかったりすると、それだけでカッコ良く見えたりするし、同じ教室の女子たちからちやほやされたりするから、世の中のおとっつぁんたちはみんなフラをやればいいのにと思う。
自分の親にもやらせたい。

そして、全てが終わって楽屋の廊下で3本締め。
3本締めて! ハワイにはこういうの、ないのか?


そして、一緒に「メレ・ア・カ・プウヴァイ」と「ロゼラニブロッサム」を踊った仲間たち。
池袋のカルチャーだけでなく、いろんな教室から集まった混成チームなのだけど、社会人になったばかりの若い子からおばあちゃんまで、すっかり団結してました。


うちからは両親が観に来てくれますた。
エイサーの妹は学校の授業があって来れなくて。祝日だけどハッピーマンデーで月曜ばかり休みになるから、最近の大学は祝日でも授業をやるらしいです。
ママが「前に観たときよりすごくうまくなっててびっくりした」って言ってくれて、自分もびっくりしたけど、多分これは本気で死ぬほどレッスンやって、みんなで揃えて踊る猛特訓をした賜物なのだと思います。
すんごいしんどかったけど、それだけのものが自分に身に付いたんだったら、頑張って出てよかったかな〜と思う。

ま、これからはちょっとレッスンの数減らして、また前のマイペースフラに戻りますけど。
悪いけどなにしろ金がないんだよ。
前の職場から最後の給料支払い遅延されてるんだよ。
これ払ってもらえなきゃ来年あたまのマンションの更新できないよ。
| フラ/ハワイ | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
GOLDの11ページにわたる長台詞をメモしとく
GOLD(CX)

もともと子供たちに金メダルを取らせるために奮闘する母親の話という番宣をしていたと思うんですけど、実際は気違いの母親のおかげで家庭が大崩壊していくという話になっていて(そうだよね?)、この先どうなるのかさっぱりわからず、長澤まさみや反町隆史の存在意義もよくわからないんだけど、かといってこのふたりがいないとこのドラマの面白いところがなくなってしまう、みたいな……。
現状では何もかもわからない作品ですが、こういうわけわからないものを見せられてしまったからには、最後まで見届けてやらなければ気が済まないのは私の性です。
エド・はるみの薄幸っぷりが美しくてドハマりしてるんですけど、昨日は出番が少なかった。

私はいつも野島伸司のドラマに関しては、ドラマが終わったあとに好きな台詞のシーンをもう一度観たり、台詞を文字起こししているファンサイトで読み返したりするんだけど、そのファンサイトが今回のGOLDだけはなぜかスルーしているようなので(単にお忙しいのか、それとも初回あたりの軽さで台詞起こしの必要性を感じなかったのか)、今回の台本11ページにわたるという天海祐希の長台詞をココで残しておこうかと思い、久々にドラマに関する更新することになった次第。
なぜそんなことをするのか。暇だからです。

刑務所慰問で受刑者たちに向かって演説したシーンで、八つ当たりっぷりが凄まじく、全てに共感できるというわけではないのだけど、私はこの台詞のリズム感がとても好きで、音楽を聴いているみたいに気持ちいいと思いました。
このドラマは、天海祐希がいうことに共感するというよりは、立派な人間、立派な母親であるということを自負している天海祐希が実はめちゃくちゃ脆くて、薄皮1枚のところでギリギリ精神崩壊寸前で、視聴者はそれを「おいアンタ、大丈夫か?!」って心配しながら観るものなのだと思う。
それを、野島自身も意識してあえてやっているのか、ひょっとすると書いてる本人も精神崩壊してるのかみたいなところもスリルとして味わうものなんだと思っていますが、とにかく最後まで観ないとなんもわからん。

以下、その台詞。

見た目にも微笑ましいほど初々しく、愛し合っていた若いふたりがいました。
彼の方は少し不器用だけれど、まじめで誠実な人間です。
ただまっすぐに彼女を愛していました。
彼女の方は明るくて、かいがいしくよく働くしっかり者です。
やがてふたりは前世から決められていたように、自然に結ばれ結婚しました。
ささやかな暮らしだけど、幸せな幸せなふたり。
ところがある日、その幸せは一瞬のうちに奪われてしまいました。
彼女は殺されたんです。白昼入り込んできた二人組の強盗によってです。
彼女は雇われていた家の小さな女の子を隠すようにして守り、ベッドの下で震えるその子の目の前で殺されました。
「顔を見られたから」――ふたりの強盗はただそんな理由で彼女を殺しました。
新婚ほやほやだった彼女は、何度も何度も「助けてください」と哀願しました。
恐らくそのあいだ中ずっと、あの不器用な若い旦那さんの顔を思い浮かべていたことでしょう。
知らせを聴いた若い彼は、涙すらこぼさずただただ言葉を失いました。
喜びも悲しみも怒りも全て通り越して、彼はロボットになってしまいました。
感情を持ったまま生きていくのは不可能だったからです。
彼は機械です。もう、何も感じない。

心の琴と書いて「心琴」という言葉があります。
赤ちゃんは生まれたとき、心の中にハープを持たされています。
それで他者からの感情を受け取れるようにです。
そして成長して、自らもその弦を爪弾くことによって、人と交わっていきます。
ただ、いけないことをするとその弦は脆く、ぷつりと切れてしまいます。
人の悪口を言うと切れる。
人を妬むと切れる。
人を騙すと切れる。
傷つける。
奪う。
犯す。
そして、殺す。
そしてついには奏でる弦が1本もなくなってしまう。
それがあなたたちよ。

「人は過ちを犯しても何度でもやり直せる」という人たちがいます。
私はそんな言葉を聞くたびに笑ってしまいます。
それは不慮の事故を犯した人だけであって、計画し、あるいは衝動でも、悪意の存在した人間には当てはまりはしない、決して。
多くの被害者遺族が絶望的な憤りを持って会見します。
もっと重い罪を、極刑をと。
なぜそんなにも憤りが続くのかといえば、それは犯罪を犯す人間たちの中には後悔がない人がいるからです。
唯一の後悔は捕まったことに対してだけ。
裁判を有利に導くための吐き気のするような芝居。
そんな芝居は遺族たちには全て透けて見えるんです。
生い立ちがどうだとか、親に愛されなかったとか、社会に見向きもされなかったとか、うんざりするような言い訳と自己欺瞞。
言っておきますが、同じような環境に押し込まれても……いいえ、もっと過酷な運命に晒されても、多くの人は犯罪などを犯したりは決してしない。
他人を傷つけ、騙し、奪い、殺す。そんなことはしない。
薬物に手を染め、お年寄りを騙す、振り込め詐欺、強盗、強姦、殺人……。
他人の尊厳をたやすく奪えるのは、赤ちゃんが持たされたハープの弦が1本も、もはやただの1本も残されていないからできることよ。
まさかまた蔓のように弦が生えてくるとでも思っているの? 
冗談じゃない!
かつてこの国でも島流しという罰があったわ。
私は現代でもそうするべきだと思っています。
島流しが無理なら自衛隊の下部組織にでも入れて、基地から一歩も外に出さない。
私が法務大臣ならそうもするでしょう。

人はなぜ生まれるのか。
言い尽くされた答えのない問いがある。
だけど私は思う。
赤ちゃんがハープを手に宿題を持たされているのだと。
自分以外の誰でも、その生涯で一度でもいい。
自分以上に愛することができるかという、その人間としての尊厳を、利己主義を超えて達成するため、そのために私たちは生まれて生きていく。
愛して生ききってみせることを、あなたはその命題を放棄した。
自分の利益、快楽しか追求できない、けだもの!
あなたはけだものよ!

このドラマ、あと6話残ってるんだよねー。
これ以上長い台詞とか出てくるんだろうか。
ドラマの長台詞といえば、CHANGE最終回でキムタクが22分ノーカット演説っていうのあるけど、これを超えにくるつもりだったりして。

追記:
自分の趣味のひとつに「朗読」というのがありまして、暇を持て余したときなどは好きな一節を思いっきり情感込めて読み上げるんです。
それで、この台詞を読んでみたんですけど、やっぱり天海祐希みたいにうまくいかない。
長いから集中力が続かなくて読んでるのに噛むし、天海祐希コピーをしようと思ったんだけど、あの、次第に激しい感情をぶつけて、反響させていくような話し方は、読むんじゃなくて、完璧に覚えて演技をするというところまで持っていかなきゃ無理なんだと思った。
やっぱ役者さんってすごい。特に天海祐希は宝塚で鍛えられただけあるって思う。あの舞台的な演技とこの台詞はものすごくピタッとハマってた。
| ドラマ | 16:34 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
アリエッティ観て小人中毒になった
●「借りぐらしのアリエッティ

就職したかと思いきや、諸事情によりまだ就職できていないんですけれども(全部ツイッターに書いているのでそちらで)、あんまり家にいてもテレビでやった「サマーウォーズ」の影響で、花札こいこいを延々パソコンに向かってやっているだけの廃人になりかけていたので、「千と千尋の神隠し」を観て働かなきゃブタになってしまうと思いつつ、今日はアリエッティを朝から観に行ったお。

私はどうも無職になるとジブリにハマる癖がある。
というか、2年連続夏が無職って。私、本当は安定志向の人間なのに。

世間がお盆休みだということをすっかり忘れていたんで、映画館に着いたら親子連れだらけでぶえええってなった。
だって朝イチで行ったから空いてるだろうと思ったのに。
アリエッティはだいぶあっさりした内容だったんだけど、私はジブリ版「南君の恋人」だと思いながら観ていたので、小人の女の子と病気の男の子の恋とも言えない淡い感情の揺れ動きとかがもう、いちいちきゅんきゅんすたー。
分かりやすい話だから子供たちも最後まで寝ないで観てる感じ。
私もいつも途中で難しくなってよくわかんなくなって寝ちゃうんだけど、今回は寝なくて観れた。
声優もよかったー。神木君なんか当て書きしてるらしいけど、ほんとに神木君のイメージまんまだった。あの子走ったら心臓痛くなっちゃうもん、絶対。
樹木希林もぴったんこだった。大竹しのぶも。このまんまの配役で舞台やってもいいくらい。
志田未来のアリエッティもよかったよ。特に長いセリフで相手を説得するようなシーンとか、志田未来の十八番だよね。

映像のダイナミックさもあまりないんだけど、小人たちのおうちとかお庭のジャングル加減とかがひたすら幼女的妄想ワンダーランドで、私は映画が終わってしばらく自分がアリエッティになったつもりでいました。
たまたま偶然なのですが、自分の格好がAラインのワンピースに髪型はポニーテールで、しかも鞄も肩かけだった。
階段を下りるときも無駄にぴょんぴょんします。
だって小人さんにとってはマチ針がサーベルになっちゃったりするんだよ。きゅん。森の妖精さんが勇者みたいになった!(そうか、アリエッティって森ガールか)
きっとうちのなかでなくなったものも、小人さんが持っていっちゃったんだと思う。
今度から窓際に角砂糖置いてみようかなと思ったけど、蟻が集まったら困るからやめる。
あのね、「人間に見つかっちゃいけないルール」のスリルがすごかったな。
もう人間が住んでる家の軒下に、小人家族が完全なる小人ハウスを作ってるし、人間のものを「借り」に行くときのためのルートも、アリエッティのお父さんが釘やらホチキスの針やらで完璧に作り上げていて、人間がこのさまを見たら…というか、もし私の家の軒下がこんなことになっていたらと想像するだけで、何という感情なのかわからないけどめちゃくちゃ高ぶってきて涙が出そうになってしまう。
なんだろう? 精神のくすぐられたことのない部分を執拗につつかれる感じがするの。
私は今までジブリ作品で泣いたことってないんだけど、アリエッティはかなりはじめの方からちょっとしたシーンごとにちょいちょい涙が出た。
“軒下”とか“キッチン”とか“庭”とか、すごくすごく狭い世界の小さな話なんだけど、小人目線で見たらいちいち途方もなく壮大で、角砂糖ひとつ、ティッシュ1枚「借りる」だけで、ロッククライミングとか壁のぼりとかしてるんだもん。
小人さんたちが人間の道具を全く新しいアイディアで利用して生活してるっていうのが、すごく夢みたいでわくわくした。
私は単純だからこういうの観るとすぐに私ももしかしたら小人で、自分のものだと思ってるものは全て借り物なのかもとか思っちゃうの。
でも宮崎駿は、人間もみんな地球上では貸し借りのなかで生きていて、借りぐらしなんだって言ってるんだって。
なるほどね! 輪廻転生ですよ。人間みんなアリエッティだし、森ガールってことだよ! きゅん!
なんという繰り返すこのポリリズム。

もう一度観たい!って思ってるし、アリエッティの洗濯ばさみを買ってこなかったことは後悔してるけど、ストーリーのいろんなところにちょっと唐突さがあって説明不足を感じたので、今後これの番外編とか続編とか作ってほしい。

あー、主題歌も映画の最後に聴くとすごくいいんだよなあ。
テレビで一番最初に公開されたときは「なんで外国人が日本語で歌ってるんだろう」って思ったけど。
これは映画を観たあとでちゃんと日本語で聴かせる歌なんだってことだねえ。
「あなたに花届けたい」とかすごくアリエッティっぽいっていうかねえ、劇中では決して言えなかったアリエッティの本心が歌にぎゅっと詰まってるって感じ。きゅん!


あ、アリエッティだけでいっぱい書いちゃったけど、このあとサンシャインの方に行って「こびとづかん大博覧会」観たの。
いつもヴィレバンとかでは全然スルーしてるのに、アリエッティ観たあとで頭の中が小人妄想でいっぱいになってるから、うっかり「こびと大百科」とかストラップとか買っちゃったの。
あと、うちの妹がカクレモモジリに似てるから名前シールを作ってあげることにした。

小人さんが本当にいるとは思わないわけです。私はリアリストなので。ちっちゃいおっさんとか見たことないし。
でも小人さんがいるとしたら…ていう妄想するのは好きなんだと思う。

| 映画 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
お仕事決まったどん。
アテンダント仲間の友達から紹介された専門誌の編集バイトに採用が決まったにょ。
今日、はじめて編集部行って、履歴書とか職務経歴書とか自分が過去にやった仕事とか持ってって見てもらったら即決だった。
知人の紹介で働くってのが未経験だったのだけど、こんなふうに即決するとは思わず、「こんな私で大丈夫ですか?」って言葉が喉まで出かかった。

まさか自分が無職期間を作らずに転職できるとは思ってなかった。あー、よかった。
多分クビが決まるまで転職活動何もしていなかったら、今頃まだ家でゴロゴロしてるだけなのだろう。
はじめておいてホントに良かったわ。
6月頃からはじめてたけど、最初の頃なんて書類審査の時点で落とされるし(人生で書類で落ちたことなんかなかったので結構ショックだった)、面接行くにしても過去の作品をろくに用意していないので、自分の能力がまともに相手に伝えられず。
なんか転職活動の仕方をゼロから学習していった感じ。
まあ日給のバイトなんだけど。
でも、アテンダントのときとそんなに変わんないし、普通にやってれば3ヶ月ごとに上がるらしいから、1年も辛抱すれば前に編集で働いてたときと月額はそんなに変わんなくなるな。

専門誌ってジャンル書いてしまうとすぐバレてしまうので書きませんが、自分は全くの畑違いでこれから勉強します。
ただ、何も知らなくても構わないしむしろ知らない方がいいと言われたので、きっとこれも運が良かったのだ。
いろんな本作る編集さんだとありとあらゆるものが仕事の対象になってしまい、それがすごくストレスになってつらくて、本屋に入ることもできなくなった時期があった。
だから今回の転職活動は、出版の中でも専門誌や専門書系ばかりを受けていたのだ。
ひとつのジャンルに集中できれば自分のプライベートの世界は守れるし、仕事自体もひとつのことに集中するのが自分には向いていると思ったの。

週1のフラには行かせてほしいって言ったらそれもおっけーだって。
出版社で働くなら諦めなきゃいけない覚悟もしてたんだけど。やったー。

給料はまだまだ厳しいからこれからも節約生活は継続するよ。
| 日常 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
浅草強制卒業
前の更新で書いたけど、いきなり無職になったお。
ミュージアムのアテンダントをしておりましたが、ミュージアム事業が縮小することになり、自分が雇用されていた会社とミュージアムの委託契約が打ち切られてごっそりクビです。
7月20日に全アテンダントが招集され、今月いっぱいで解雇、給料は8月分まで保障ということが言い渡されました。
自分は6月あたりから職場の体質の相性の合わなさにしびれを切らして転職活動を始めていたのですが、こんな急に強制終了とは思ってなかったので、またうっかり無職地獄ですよ。あああ。あと2、3ヶ月は大丈夫かと思ってたんだけどなあ。
前回の無職期間のようにポニョのぬいぐるみで幼児退行している場合ではないくらい今は貯金がないのですが、毎日仕事に行く必要がなくなると急に暇すぎてうっかり退行してしまいそうです(今は有休消化中)。
こないだ日テレでトトロやってたときとか、完全に退行してたし。
今まではマイペースに転職活動してたけど、これから本腰入れて仕事探さないと。

でも今回の失業って同時に切られた仲間がいっぱいいるのでそんなに悲壮感はないんだよね。
失業記念で花やしきに行ったりして。
花やしきって初めて行ったけど、あの全体的なうさんくささとかいかがわしさとかショボさとか想像を遥かに超えててすげえ面白いね。
閉館30分前に駆け込みで入ったので、あまりいろいろアトラクションを楽しむことができず、写真もあまり撮れなかったのですが、360度どこを見渡してもうさんくさいです。うさんくささもあそこまで突き抜けてるとすごい。
遊園地というよりデパートの屋上遊園のデカい版という印象。だってローラーコースターとかお化け屋敷とかの合間にドラえもんとかピカチュウとかセーラームーン(!)の遊具とかあるし、ザリガニ釣りとか射的とかあるし、変な石碑や神社もあるし、普通のゲーセンもあるし、ギャル向けのプリクラ広場みたいなとこもあるし、池に鯉が泳いでるし、節操ない。
スリラーカーという西洋風お化け屋敷とか乗ったんだけど全然怖くない。驚かせてくるタイミングとかびっくり度とかがいちいちズレてたり弱かったりして、いつ本気で驚かせてくれるのかと思ったら終わってしまうので、なんかもう笑うしかない。
一緒に行った子はすごい怖かったつってたけど、それは何が怖いのかというと、我々客を驚かせるお化けのババアの人形がパイプ椅子に座っているということに対してだったりする。
屋上庭園からは浅草寺の五重塔とスカイツリーが同じ方向に見えるよ!

そして、平日の閉館間際だったからなのか、それともいつもなのかわからないのですが、客がほとんどいないんですけど、アトラクションを動かすのも客が来てからスタッフが「どうですか〜」とかいって、「あ、じゃあ乗ってみます」「じゃあ動かします」みたいな。
自分たちは死ぬほど暇なミュージアムをクビになってココに来ているので、この同じく暇でうさんくさい遊園地はいったいどのように運営されているんだろう、ちゃんとまともな大人が運営してるんだろうかと思ってしまうのですけど、バンダイナムコなんですよねー。
知ってたけど信じられないというか、こういう大エンタメ企業が全力でこの脱力空間を演出しているという絶妙なセンスが天才的だなと思ってしまいます。
そしてパンダ好きの私はうっかりこの物販で無駄遣いをしてしまうわけです。

パンダカー手ぬぐいとパンダカーストラップとアサクサビーチポストカード。
手ぬぐいの柄はこんなの。超可愛い。ちゃんと注染なんだよ!

ていうかポストカードとかいって、世界堂とかで売ってるようなペラペラのカラーペーパーに家庭用のプリンターで印刷しただけみたいなのがいっちょまえに150円とかなの、びっくりすた。

そんなわけで浅草卒業です。
Twitterでも書いたことのある、ずっと気になって観察してたホームレスのババアのワンピースがおニューになってました。
最近彼女が着ていたワンピースは何が起きたのか横腹のところがザックリ切り裂かれていて心配していたので、最後にほっとできました。
| 日常 | 11:40 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
夏のフライベント終わったおおん。
あ、ていうか、フライベント以前に報告することがあって、ツイッターには書いたけど、こないだの火曜、いきなり失業したお! 
今は有休消化中お! 転職活動間に合わなかったお!
まあそれはとりあえずいい。これからしばらく暇だから落ち着いた頃に書くお。

昨日と今日、2日連続でフライベントに出ました。
土曜日の24日は池袋の東京フラフェスタ2010
サンシャイン噴水広場と西口公園に出たお。
そう、サンシャイン! Perfumeさんとついに同じステージに!
Kaimana Hilaのウリウリをこの2週間死ぬほど練習して出たけど、ステージに立ったらレレウェへが結構ゴチャゴチャ間違えてしまったが、笑顔で堂々と踊ってれば間違えてるのなんてきっとバレてないお!
西口公園ではMele a ka Pu'uwaiとKa uluwehi o ke kaiを踊ったお。
メレアカは初ステージだったのですが、他の教室の子たちと一緒に踊ったんだけど、ろくに一緒に合わせず本番ぶっつけ、またスローな曲なので全然揃わなくてひどかったと思う。
踊ってても呼吸が合わなくて心許なさすぎた。すいません。見苦しくて。

そして今日は夕方から新小岩のえきひろフェスティバル2010に出たお。
おっと、まともな公式サイトがなかったようだ↑。
こっちのイベントは今習ってる先生が新小岩の住人という縁で出ることになって、初めてだったんだけど、なんか商店街が町おこし的にやってるのがなごんでよかった。
バックステージでおっちゃんたちがビール飲みながら踊り子たちに「ねえちゃんたち可愛いねえ」とか管巻いてるような。
こっちのステージは間違えなかったし、ちゃんと揃って踊れたと思うお!

最近になってフラのお仲間の皆さんとすごく仲良くなって距離が近くなった感じがしてうれしいお。
インストラクターが新しくなって戸惑うこともあるんだけど、それが逆にみんなの結束になっている感じ。
といっても、インストラクターも面白い人でみんな仲良しです。

私は失業した話とかも早速話してて、でもみんな嫌そうな顔したりしないで、結構相談にのってくれる。

今日はイベント終わってから、最近新しく入って3ヶ月で3曲も覚えて私たちと一緒に踊った頑張り屋のカワイコちゃんに「一緒に写真撮って」って頼んで2ショット撮ってもらったのが一番の収穫ですが、気持ち悪いと思われてないといいんだけど…。

次は10月のホイケ(発表会)にむけて新曲のスパルタ特訓がはじまるんだ。
新しいドレスも出来上がってくるようだし、がんばるお。
仕事探しも含め。
| フラ/ハワイ | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
久しぶりに整形外科
腱鞘炎の手術してからもう4ヶ月ぐらい? 
手首の関節が固まってガチガチだったのもだいぶ可動域が広がって、生活にはほぼ支障がなくなってきています。
まだテーブルなどに手をついて体重をかけるなんてことはできないのですが、腕の太さも左と変わらないぐらいに筋肉も脂肪もついてきた。
左の足首もときどき腫れはするものの、歩けなくなるほどひどくなることもなく、ああ、私は確実に健康体に向かっているのだとつかの間の幸せを享受していたのですが、昨日から急に、またですよ。

今度は右足首が突然、転んだとかひねったとかそういう直接的な原因は何も思いつかないのですが、いきなり痛いの。
いつから痛いのかもさっぱりわからないんだけど、いつの間にか痛くなっていた。
もう足の指を反らせたり曲げたりするだけで、足首の前の部分(足の甲の上?)がすんごい痛い。
まだなんとか歩けるから、病院行ってレントゲンとって湿布貼られて包帯巻かれて痛み止めもらって。
あーあ、最近ラジオ体操やってないからまた痛くなっちゃったのかなあ。
それと、3センチくらいのヒールとか履いてたから?
今日、フラ休んじゃった。来月末、フライベントだけど、間に合うかなあ。

とりあえず風呂上がりにテーピングしてみた。
私、もういまさら病気になってる場合じゃないのに。
スニーカーだって自分の足に完璧に合うやつなんてなかなか見つからないし。
本気で杖買おうかとか思った。
最近、お客さんで割と若い女性が、杖ついて歩いてるの見て、「意外とアリだな」って思ったんだよね。
あーだけど、日傘持って杖もついてなんてありえないなー。もはや武装だろこれ。
医者の言う通り、なんでもなく2、3週間で治ってくれるのを祈る。
| 健康/美容 | 20:03 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
「夢ばかり、眠りはない」鑑賞
「夢ばかり、眠りはない」公式サイト

UPLINKでやった「夢ばかり、眠りはない」の上映会+トークイベント行ってきたよ。
UPLINKって結構いつも面白そうなのやってるんだけど結局行ってなくて、いつぶりだろと思ったら、一昨年の12月の女だらけのAV鑑賞会以来だった。
今日は会場が超満員で、自分ははじめは仕事のあとに行くんで遅刻するつもりだったんだけど、Twitterとか見てたら予約を早々に締切ってしまったし、メールで問い合わせたら予約していても遅れたら中に入れない可能性があるとかいうんで、えーいと思って仕事を早退してきました。
会場に着いたときはまだ早めだったので客席はまばらでしたが、トイレに行ってドリンクチケット交換して戻ってきたら、自分が取っておいた席のそばの招待席に宮台真司氏がいて思わず見つめ合ってしまった。
そーいやまったく想像してなかったけどテーマがテーマだし、都内でやるのココだけだし、そりゃいてもおかしくないよね。

この作品は秋葉原通り魔無差別殺傷事件を題材にした疑似ドキュメンタリーで、ある女性映像作家がこの事件をきっかけにドキュメンタリーを撮り始めるんだけど、ある日突然いなくなってしまったというお話。
2時間丸々女性による日記の朗読と、町の風景の映像にもかかわらず、やはりそこで描かれる人物は不完全で危うい魅力があって、最後まで面白く観ました。
まー、とりあえずイントロダクションの引用↓
イントロダクション

ある女性映像作家が残した日記とビデオテープ。そこには、2008年に起きた秋葉原無差別連続殺傷事件によって壊れていくひとりの人間の姿があった。「昨日、君の夢を見たよ――。」彼女は眼前の風景に、容疑者Kが見ていたかもしれない景色、そして親友のKと共に見た景色を重ね合わせながら、茫漠とした郊外を彷徨い歩く。現実と虚構が入り交じった、夢のように儚い風景映画。事件から2年の時を経てついに公開。



作品の主題とは全くずれた話をするけれど、この主人公の女性映像作家は親友K(加藤ではないよ)に恋心を抱いており、美文家であるKに対して主人公が「文章を書き続けて」と繰り返すエピソードがある。
だけどKは一切書くことをやめて、その上この女性の前から姿を消してしまうんだけど、私もああと思うものがあった。

私にはこれまでに知り合った人でふたりほど、「この子の文章はすごい」というふうに思ってる子がいて、ひとりは10年来の友人で、もうひとりが編集時代にケータイ小説を担当した女子大生だ。
私にとって人間の価値はいい文章が書けるかどうかにかかってるといっても過言ではないので、このふたりに関しては「どんなに道を外してもいいからとにかく書き続けなさい」と言っています。
なんじゃろね、書ける人間って、本人が書きたいか書きたくないかとかじゃなくて、書くことが義務だと思う。
書く人間は、どんなに人の道に逸れてもいい。法に触れるなとも私は言わないよ。
何してもいいからとにかく何もかもをネタにして、死ぬまで書き続けろって思う、し、本人に言う。
10年来の友人のほうなんかは、それで私が言い過ぎたからかわからないけど、一時期何も書かなくなってしまったことがあって、まさにこの作品のエピソードと同様、「私が才能を潰してしまった」と思ったよね。おこがましいですが。
まー結局、今はまたちょこちょこ書いてるみたいだから、私はストーカーのようにそれを覗いているけれど。
書ける人間ってみんな本能で書いてるのよね。
息をするようにまばたきをするように書いているわけで、一度ちょっと書くのやめたって結局書くでしょ。
だって書かなきゃ死んじゃうんだから。

で、まあ知り合いとしてはこのふたりなんだけど、前にも書いたが今回の作品のテーマ秋葉原事件の加藤智大ね。
加藤も死ぬまで書き続けてほしい人間のひとりなわけです(これ、私にとってのみ、ですか?)。
私は、この作品の中で主人公が恋する親友Kと容疑者K(加藤被告)は、別の人物として描かれているけれど、実はその美文家であるという親友Kは、加藤のある切り取られた一面をモデルにした人物なのかなと思ったりした。
まあしかし、どんなに人の道に逸れてもいいとは言い過ぎた。
こいつにいたっては人なんか殺したりするもんだから、残りの人生の書き物を見ることができないじゃないか。

というわけで、とりあえず女子大生には「人殺し以外ならなんでもやっていい」って、そういや言ったな、前に会ったとき。
| 映画 | 04:43 | comments(0) | trackbacks(0) | | |
小沢健二コンサートツアー2010ひふみよ in NHKホール
ひふみよ小沢健二Official Site

チケットが全然取れないと嘆いていたら、前職の先輩が誘ってくれて、ああ女神とか思って、そんな軽薄な信仰心から始まる小沢君の13年ぶりのライブに行きました。
私はかつての「王子様と仔猫ちゃん」時代のライブには残念ながら一度も行っていなくて、だから初めての生オザケンだったわけですが、少しはがっかりすることもあるだろうと覚悟の上で行ったのにも関わらず、全くの杞憂で、とてもすばらしいと思いました。
事前に「詩の朗読があるらしい」と聞かされており、ああ資本主義に噛み付く中2病ブログ的なアレかと思っていたのですけど、実際そんなうんざりする話はなかったですよ。
私は、歌と歌の間に挟まれる彼のその話を、旅日記のように聞いていました。
それがたまたま美しい言葉を紡ぎだせる人だったから、詩のように聞こえる人には聞こえたのだと思います。
まるで世界中を旅しているような気持ちにさせてくれるので、私はこのライブを「小沢健二なりのワールドツアー」なのだと理解しました。

どんな曲をやったか、どういう曲順だったかもうさっぱり覚えていないのですが、シングル曲とかアルバムの中でも代表曲はあらかたやってくれたように思います。
そうそう、Eclecticの曲もやっていた。カローラ2もやっていた。
そして新曲「いちごが染まる」「シッカショ節」も。
はああ、いちご。
聴く前から可愛いのがわかりきっているこんな歌を歌う彼の本心は、一体どこにあるのですか?
私は資本主義の豚ですからCDが出たら迷わず買いますが、そもそもCDなんて出るんでしょうか?
「シッカショ節」は「日本人の我々が『なるほどね』とわかる曲を作ってみました」ということで、まるで盆踊りのような曲。
日本にうんざりして日本を飛び出して、日本を好きになって戻ってきたのだという感じがしました。
うん、オザケンは非常に前向きに日本を肯定していました。
そして自分自身をも肯定していました。
例えば、ラブリーの歌詞を変える。
「それでLIFE IS COMIN'BACK 僕らを待つ」を「ずっと感じたかった 僕らを待つ」
「CAN'T YOU SEE THE WAY? IT'S A」を「完璧な絵に似た」
こんな具合に。
もし若い頃に書いた詞に中途半端に英語が入っていて恥ずかしかったとしても、普通はこんなコトしないと思うのです。
歌詞を変えること自体が、過去の自分を否定していてカッコ悪い、恥ずかしいって、普通は思うしね。
でも、変える。それをしかも事前に私たちに報告して一緒に歌う練習までさせる。
すごくポジティブです。どんな自分をもファンは受け入れてくれると信じるからこそだと思うのです。
そして私はそんな今の彼の気分を素直に受け取ります。
私は彼が生きていて、その豊かな感受性を世界のどこかで働かせていているだけで、奇跡的に有り難いことだと思うからです。
正直、ほとんど私にとっては「現人神」なので、そんな人が目の前でギターをかき鳴らしながら歌っているだけで、有り得ないお経をいただいたような気持ちでした。
というほとんど宗教的な私はさておいても、鼻につくところがない非常に健全なポジティブさ。
なんなんでしょう? 私そもそも、たいていのポジティブな人間って大嫌いなんです。
なのにオザケンの歌にはただひれ伏すしかない。
それは彼が、本当の孤独を知っているからだと思う。
孤独を知っている上での、「愛」とか「神様」とか「生きること」の歌なのですね。

暗闇の中で始まる音楽は、日頃視覚に頼る都会人である私たちの耳の能力を最大限に拡張させます。そしてアンコールラストには同様の暗闇でフェードアウトしていくわけですが、客電がついたらそこにはまだ小沢がいる。
なんという神の復活。

私は生小沢を観たら絶対泣いてしまうと思っていたけれど、一度も泣かなかった。そして終始笑顔であった。
そこには圧倒的な生命の肯定があって、泣いて感傷に浸る暇なんか一瞬たりともなかったのです。
だって13年ぶりのオザケンの歌声。
普通これだけブランクがあったら喉が潰れてて、キー下げて歌ったりするもんよ?
逆に歌がうまくなってるってどういうこと?!
彼はきっとこの間も、ずっとどこかで常に歌い続けていたのではないか。
お金を取ったり取らなかったり、そんなことはどうでもよくて、ただ彼は歌うこと、歌えることの幸せを噛みしめて世界を旅してきたのではないか。
日本が不況にあえいで、しみったれた、半径2メートルの歌しか歌わなくなっている間に、小沢健二は五感をフル回転させて宇宙を感じていたのだと思った。
日本を離れている間、あえて日本語のメディアに接するのもやめていたとのこと。それが僕の役割であると。
その結果がこれです。
正しいとか正しくないとかはその環境に左右されることだけれど、美しさというのは普遍だと思う。
そして、彼はただただ美しかった。その歌声や、言葉遣い、立ち姿も。

私はここ最近気に入ってよくつけている、鈴付きのブレスレットをこの日もつけていきました。
それはこんな企みがあったから。
私はこの腕につけた鈴で、密かにこのバンド演奏とジョイントしようと思いついたのです。
この会場にいた人たち、そして収録をしていたようだから、TV放映されるかDVD発売でもされるのでしょう…、その中にはかすかに私の鈴の音が紛れ込んでいるのです。
その音を認識していてもしていなくても、確実に私の鈴の音はこの曲と一体になっているのです。
まさに宇宙。星の輪廻。
まあ隣の席の人間は間違いなくうるせえと思っていたに違いないのですがね。
しかし鈴の音がなるところには幸せが訪れると言いますし、手拍子だけじゃ得られない特別な一体感に遭遇できるんだから、ちょっとくらい良かったと思ってほしいものですな。
ごめんなさい。私はまだ執着心が捨てられない醜い豚です。
会場限定発売の「うさぎ!」(全3巻)と「企業的な社会、セラピー的な社会」の単行本をぜひ欲しいとグッズ販売の列に並んだのですが、あんまりにもな大行列で、結局どちらも買うことができず。
小沢君と私はなかなか両思いになれないみたいです。
どうか通販してください。何年でも待ちます。

ちなみにライブ終了直後のTwitterは「中2病をこじらせた中年」とブーイングの嵐との報告を受けましたが、小沢君の歌を聴きにくる人間は中2病もろとも心中するつもりで生きる永遠のオリーブ少女なので、まったくの無問題です。
| 音楽 | 03:11 | comments(14) | trackbacks(0) | | |
うち、りょまたんのおよめさんになるの!
って言って生涯独身を貫いたのは千葉さな子だお。
龍馬のこと全然わかんなければ大河ドラマも一度も見たことがないおいらですが、江戸東京博物館の2010年NHK大河ドラマ特別展龍馬伝に行ってきたお。
日本文化を扱う博物館って自分の職場にジャンルがかぶるので、よくお客さんには江戸博とハシゴされる方が多いんですけど、正直こんなデカくて立派な博物館のあとに私どものほうにお越しいただくなんて畏れ多いです、特に外国人観光客とか。
もともと博物館とか美術館とか大好きだけど、最近はその展示内容がどうとかより、展示技法に興味があるの。
だから龍馬たんのこと全然知らないけど、これだけ人気がある展示会はちゃんと見ておこうと思って行ったの。

雨だっつうのに展示室は人がごった返していて、ただでさえ一般教養を持ち合わせていない龍馬周りなのに解説とかじっくり読む余裕もほとんどなくて、ああちょっとくらい勉強してから行った方がよくわかって面白かっただろうなあと思た。
実際龍馬ヲタの先輩は「人が多すぎる」とかいいながら結構がっついて見てて、やっぱりヲタ目線でそれなりに価値のあるものがいろいろとあったようです。
しかし手紙がいっぱい公開されちゃってて、あんまり手紙書きまくると死んだ後に暴露されちゃうから困ったもんだと思った。
龍馬たんみたいに偉人にならなくても、いつどこで事件に巻き込まれたりして自分の手記がワイドショーに取り上げられたりするかわかりませんものなあ。
私がうっかりそんなことになったら、心療内科通院歴があって加藤智大の信者だったとか言われちゃうんだろうなあ。
それでデスクトップがアンヌ隊員だとか。

江戸博のあとは両国ですからちゃんこ鍋を食べに行ったんです。そしたら魁皇が2000本安打とかで(なんか野球とごっちゃになってる)エビのすり身の唐揚げおまけでもらった。ありがとう。
ちゃんこ塩味おいしかったです。やっぱつみれってうますぎるよね。
で、やっぱり相撲取りの話になって、相撲取りってウンコしたらケツ拭いてもらうらしいけど、その状況をつぶさに検証してみたら、そのメンタリティはAV女優とおんなじだったってことに気づいて、ガッテンガッテンって思った。
お金もらう代わりに自分でケツが拭けない人生を選んだ、みたいな。何その究極の二択。
あと、前職場で起きた「流れないウンコ事件」のウンコの詳細聞いたらぶったまげた。
500mlのペットボトル2本分のウンコって……そりゃ確かにカバだわ。
私自身もなかなかウンコが太い人間だから「負けないぜ」って思いながら聞いてたのにあっさり負けた。相手になんなかった。
ちょっとうらやましいよ、そんなウンコ見れたなんて。
それだけデカいウンコだったらなかなか流れなくて大変だろうけど、私だったらそれ以前に他人に自慢したくて流そうとすらしなかったかもね。

あと今日の話で感心したのがね、犬好きな人で自分が飼ってる犬が可愛すぎて可愛すぎていつもいつも犬の話ばかりで、「こんなに可愛いうちのワンコは世界中の誰もが可愛いと思うに決まってる」と思い込んでて、職場にもどこにでも犬連れてくる人っているじゃん。
でも私なんかはそもそも犬苦手だし、飼い犬の写メを「ほらー可愛いでしょー」とか見せられたって、どの犬も似たようなもんだからどう反応したらいいかわかんない、みたいな。
そのうえ「実は私、犬苦手なんですよねー」なんて言おうもんなら怒られそうで怖くて言えないし、とりあえず話し合わせるために「ほんとー、超かわいいー」って言って写真褒めたり犬の頭撫でたりしてあげるんだけど、そうなるとどんどん飼い主がエスカレートしてきてウゼエ……ということを言ったら、後輩の女の子に「人間の男を裸にして首輪つけて『これあたしが飼ってる犬、可愛いでしょー』って言ってやりなよ」って言われたの。
なるほど!! これはもはや護身用に用意すべきかもしれない。
ほんでその場にいない後輩男子が勝手に「似合いそう」という理由で飼い犬候補に挙げられてたんだけど(可哀想にw)、でもやっぱ首輪つけられる男って基本デブだよねって思うから、とりあえずヤギさんは却下で。
しかしデブ犬男子、知り合いで全く思いつかない。
中年デブじゃちょっと嫌なんだよな。若くてデブなのがいい。
結局、暴力的犬自慢の輩に屈し続けるしかないのか。
あ、ていうか「男 裸 犬」とか検索したら、そんな画像転がってたりするかしら…と思って実際検索したら、一番上に出てきた記事、何これくだらなすぎるw↓
全裸男性「局部」犬が舐め回す 「メンズエッグ」写真記事を謝罪(@niftyニュース)

後輩女子が今月誕生日だったんでUMEZZ HOUSEの写真集をプレゼントしたら喜んでもらえたのでよかった。

| アート | 01:17 | comments(1) | trackbacks(0) | | |
| 1/42PAGES | >>